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東京地方裁判所 昭和36年(行)85号 判決

原告 堀節治

被告 浅草税務署長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三一年一一月二〇日付でした原告の昭和三〇年分所得税の更正処分は課税所得金額二九万一、六六五円を超える限度において取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告は、被告に対し昭和三〇年分所得税として課税所得金額二九万一、六五五円、税額七万七、二五〇円と確定申告したところ、被告は、雑所得二二六万五、〇〇〇円の申告洩れがあるとして、昭和三一年一一月二〇日付で、課税所得金額を二六〇万七、六一〇円、税額を一二〇万二、四三五円と更正し、過少申告加算税五万六、二五〇円の賦課決定をした。

しかし、次に述べるような事情により、原告には同年中右のごとき雑所得はなかつたものというべきである。すなわち、原告は、(1)隅田交通株式会社から昭和三〇年七月三一日に昭和二九年一〇月一六日から昭和三〇年三月一五日までの約定遅延損害金四〇万円の及び同年一一月四日に同年三月一六日から同年八月一五日までの約定遅延損害金二五万円の各弁済を受けたが、物的担保を失なつたうえ会社の弁済能力もなくなつたところより、右一一月四日貸付元金一〇〇万円の支払債務を免除したために、同額の損害を蒙り、(2)また、株式会社大沢商事に対し、昭和三〇年一月一日から同年一二月三一日までの(イ)元金三〇万円に対する日歩五〇銭の(ロ)元金一五五万八、九五〇円に対する日歩一七銭の各割合いによる約定遅延損害金債権を有していたが、いずれも現実に支払いを受けたことはなかつたので、原告が法律上同会社に請求しうる金額は、利息制限法所定の範囲内たる右(イ)にあつては年三割六分の一〇万八、〇〇〇円、右(ロ)にあつては年三割の四六万七、六八五円、計五七万五、六八五円にすぎないばかりでなく、右各債権につき昭和三六年七月一九日東京地方裁判所において全額これを放棄する旨の裁判上の和解が成立し、しかも、右各債権は、昭和三〇年当時すでに回収しうる可能性がなかつたのであるから、昭和三〇年分の所得となしうる余地はなかつたものというべく、(ハ)なお、被告の指摘する同会社に対する元金二五〇万円、利息日歩二〇銭の貸金債権は、大木みよのものであつて、原告のものではない。したがつて、前記更正処分は、確定申告に係る課税所得金額二九万一、六六五円を超える限度において違法であるので、その取消しを求めるため本訴に及んだ

と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、被告主張事実のうち、原告が被告税務署長の訂正指示に対し直接国税局長に審査請求をする旨強調して譲らなかつた点及び被告税務署長が東京国税局長に対し同局長に宛てた審査請求書を送付した趣旨が単なる事後処理の意味であつた点は否認するが、その余の主張事実は認めると答え、なお、本件につき、前第一・二審裁判所は、「被告税務署長は原告の東京国税局長に宛てた審査請求書を再調査請求書として取り扱い、所得税法四九条四項二号の規定によつて審査請求があつたものとみなされ、東京国税局長も審査請求として証拠書類の補正を命じた」旨を認定しており、それが爾後の手続に対して拘束力を有するのはもとより、右控訴審の確定に係る事実関係は、前第一・二審判決を破棄した上告裁判所が破棄の理由の必然的な前提事実として審判の対象としたものであるから、民訴法四〇七条二項但書所定の覊束力をも有し、事件の差戻しを受けた当裁判所がこれと異なる裁判をなしえないばかりでなく、当事者もこれに反する主張をなしえず、被告の本案前の抗弁は、その理由がないと附陳した。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、原告は、白色申告者であつて再調査請求をしないで直接審査請求をすることが許されていないにもかかわらず、昭和三一年一二月一八日東京国税局長に宛てた審査請求書と題する書面を被告税務署長に提出し、被告税務署長から再三にわたりこれを同税務署長に対する再調査請求書に訂正するよう指示を受けたが、あくまで国税局長に対し審査の請求をする旨強調してその指示に従わなかつたので、被告税務署長は、右書面を適法な再調査請求書として取り扱うことができないものと判断し、事後処理の意味で、これを名宛人たる東京国税局長に送付した、ところが、東京国税局長は、証拠書類の補正を命じたのにそれに応じなかつたという理由で、審査請求却下の決定をしたが、もとより、このことによつて審査請求の前提たる再調査請求を欠く瑕疵が治癒されたことにはならず、右却下決定も念のための措置にすぎないものであるから、本件訴えは、所得税法(昭和二二年法律二七号、以下同じ。)所定の訴願前置の手続を経ていない不適法な訴えとして、却下すべきである。

もつとも、前第一・二審判決は、右書面は被告税務署長によつて再調査請求書として取り扱われ、国税局長もまた審査請求があつたものとして却下決定をしたものであると認定し、上告裁判所も、前控訴審の確定に係る右事実関係を引用して、審査請求書に証拠書類を添付することは所得税法四八条四項の方式と解すべきではないから、この点の補正をしなかつたからといつて審査請求を却下することは違法であり、したがつて、本件更正処分の取消しを求める訴えは審査の決定を経たものとして適法たるを失わない旨判示し、これと結論を異にする前第一・二審判決を破棄して事件を第一審裁判所に差し戻したのであるが、右事実関係は、上告裁判所が自ら認定した事実上の判断ではなく、したがつて、民訴法四〇七条四項但書所定の覊束力を有しえず、被告の本抗弁が右差戻判決によつてその主張を妨げられるものでないことは明らかである、と述べ、本案につき、答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因事実中、原告が隅田交通から受領した約定遅延損害金の額及び右会社と大沢商事が昭和三〇年当時いずれも債務弁済能力がなかつた点は否認するが、その余の主張事実は認める、原告が昭和三〇年中隅田交通から支払いを受けた約定遅延損害金は、貸付元金二六七万五〇〇円に対する日歩二四銭の割合いによる二三四万三、三〇〇円であり、また、原告は、同年中大沢商事に対しその主張に係る二口の約定遅延損害金のほか貸付元金二五〇万円に対する日歩二〇銭の割合いによる約定遅延損害金一八二万五、〇〇〇円の各債権を有しており、同会社との裁判上の和解によつて原告がこれら三口合計三三三万九、八二八円の債権を放棄したのは、債権回収の見込みがなかつたことによるものではなく、また、仮りに然らずとしても、該債権放棄による貸倒れの処理は、当該放棄のなされた昭和三六年分のものとして行なわれるべきであるから、原告には昭和三〇年中において合計五六八万三、一二八円の雑所得があつたものと認めるべきであり、したがつて、その金額の範囲内でなされた本件更正処分は、適法というべきであると、附陳した。(証拠省略)

理由

まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

記録によれば、本件について、上告裁判所が前第一・二審判決を破棄して本件を当裁判所に差し戻した判決の理由において、「原判決によれば税務署長はこれ(東京国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面)を再調査請求書として取り扱い、所得税法四九条四項二号によつて審査請求があつたものとみなされ、国税局長は審査請求として補正を命じ、応じなかつたという理由で却下したというのである」が、審査請求書に証拠書類を添付することは、所得税法四八条四項の方式と解すべきではないから、この点の補正に応じなかつたからといつて審査請求を却下することは違法であり、したがつて、本件更正処分の取消しを求める訴えは、審査の決定を経たものとして適法である旨を判示していること明らかである。

かかる場合、上告裁判所の判決で差戻しを受けた裁判所を覊束する効力を有するのは、右後段記載の法律上の判断の部分のみであつて、右前段記載の事実関係の部分は、それが法律上の判断の前提となつているとはいえ、該事実の認定自体の当否が上告審の判断の対象となつていないのはもとより、上告裁判所が自ら認定したものでもないので、右の効力を有するに由なく、また、差戻しを受けた裁判所においては実質上差戻前の口頭弁論の続行として事件の審理が行なわれるのであるから、原告主張のように差戻しを受けた裁判所が爾後の手続を進めるにあたり差戻前の裁判所のした事実認定に拘束されるがごときことは、ありえないところである。それ故、原告の提出に係る東京国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面が適法な再調査請求書及び審査請求書として取り扱われたかどうかの点については、当裁判所が再度の審理によつて上告裁判所の引用した前控訴審判決の認定事実と異なる事実を認定し、その結果、上告裁判所と異なる結論をとるにいたることがあるとしても、違法の措置と断じえないものというべきである。

そこで、該争点について判断するのに、被告税務署長が右書面を受理したうえで原告に対しこれを同税務署長に対する再調査請求書に訂正するよう指示したが、遂にその訂正が行なわれなかつたところから、右書面を名宛人たる東京国税局長に送付し、東京国税局長において証拠書類の補正を命じたのにそれにも応じなかつたという理由で審査請求却下の決定をしたことは、いずれも、当事者間に争いがなく、また、所得税法の規定によれば、白色申告者は、青色申告者の場合と異なり(四九条二項参照)、「税務署長において再調査の請求を審査の請求として取り扱うことを相当と認め、且つ、再調査の請求をした者がこれに同意した」場合(同条四項一号)又は再調査の請求があつた日から三か月の期間を経過してもこれに対する税務署長の決定の通知がなく、且つ、再調査の請求をした者が当該期間内に別段の申出をしなかつた場合(同項二号)―これらの場合には、当該再調査の請求が審査の請求とみなされる―のほかは、税務署長に対する再調査の請求をしないで、直接国税局長に対して審査の請求をすることはできず、また、審査の決定を経た者でなければ、更正処分取消しの訴えを提起することが許されない(五一条一項前段参照)こととなつている。

ところで、成立に争いのない甲第二、第六号証、前控訴審証人住友正昭(第一、二回)、浜田泰司の各証言、前控訴審における控訴人本人尋問(第一、二回)の結果(但し、後に記載する措信しない部分を除く。)、当審証人住友正昭(第一回)、内山栄一、林宏の各証言並びに当審における原告本人尋問(第一回)の結果(但し、後に記載する措信しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、白色申告者であるが、被告税務署長より再三にわたり前記訂正の指示を受け、しかも、その「補正通知書」なる書面(甲第三号証)には「審査の請求は再調査の決定を経てからでないと原則として請求することが出来ない」と摘記されており、担当の税務署員住友正昭や掛付けの税理士内山栄一からも、再調査請求の手続を踏まなければ救済が受けられなくなる趣旨をさとされたにもかかわらず、被告税務署長との間に昭和三〇年分の利子所得については昭和二八年分のそれと併わせて二〇〇万円とする旨の話合いができていたにもかかわらず、本件更正処分は右話合いを無視して行なわれたものであるから、再調査の請求をする意思はなく、あくまで東京国税局長に対し審査の請求をする旨を強調して、その指示に従わなかつたために、被告税務署長としては、右書面を再調査請求書として取り扱うことなく、却つて、原告の意思にそうべく、実体について何らの審理もしないで、右の経緯とこれを直接審査の請求を求める書面として取り扱われたい旨の意見を付し、事後処理の意味で、右書面を東京国税局長に送付したこと、なお、その後東京国税局長が前記理由で審査請求却下の決定をしたのは、右書類の配付を受けた協議団本部協議官浜田泰司が、原告において所得税法四九条四項一号の同意書を提出すればこれを適法な審査請求として取り扱う余地があるものと速断し、原告に対して右同意書の提出方を求めるとともに、審査請求書に添付すべき証拠書類の補正を命じ、原告が税務署と交渉中であるとか審査請求書を取り下げるとかいつてそのいずれの要求にも応ぜず、遂に、取下書は提出できない旨を回答してきたところからなされるにいたつたものであることを認めるのに十分であり、右認定と牴触する前控訴審における控訴人本人及び当審における原告本人の各尋問の結果は、前掲諸証拠に照らしてたやすく措信し難く、また、前掲「補正通知書」(甲第三号証)や甲第二号証の「補正通知書」には「昭和三一年一二月一八日に受理したあなたの昭和三〇年分所得税に関する再調査請求書には…再調査の請求は却下されることがあります…」と再調査請求の文字が使用されていたり、原告提出に係る前記審査請求書(甲第一号証)の末尾部分にも「再調査の上夫々適正額に御訂正を煩したく…」と記載されてはいるが、これをもつて右認定を左右する資料とはなしえず、他に右認定を覆えすに足る的確な証拠はない。

しかして、以上認定に係る事実関係のもとにおいては、原告が被告税務署長に提出した東京国税局長を名宛人とする審査請求書と題する書面は、本件更正処分に対し不服を申し立てる趣旨であること明らかであり、また、被告税務署長においても、これを受理したうえで訂正、補正を命ずる等再調査請求書として取り扱わんとする態度に出たとはいえ、前叙のごとく原告においてあくまで審査の請求をする旨を固執してその訂正に応じなかつたため、被告税務署長は、窮極的には、これを再調査請求書として取り扱わなかつたものであり、また、その取り扱わなかつたことについて違法を見い出すことができない以上、本件に対し適法な再調査の請求があつたことを前提とする所得税法四九条四項一号又は二号の規定の適用を受ける余地はなく、また、前記法制のもとにおいては、その後東京国税局長が前叙のごとく証拠書類の補正を命じこれに応じなかつたという理由で審査請求却下の決定をした一事によつて、適法な再調査の請求があつたとか、再調査の決定を経ないで審査の請求をした瑕疵が治癒されたとなしえないことも、疑いをいれないところである。そして、不適法な審査の請求を却下する決定が所得税法五一条一項の審査の決定に当たらないことは明らかであり、原告が本件更正処分に対して審査の決定を経ないことにつき正当な事由があつたものと認めるに足る証拠もないから、本件訴えは、所得税法所定の訴願前置の要件を欠く不適法な訴えというほかはない。

よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

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